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しんと染み入る冷たい風が、
薄暗い路地を通り抜ける。
表通りの喧噪にくらべ、夜のマンハッタンの裏路地は闇に溶けるように静かだった。
まだ雪は降っていないものの、
11月の風はコートを着込んでいなければ凍えてしまうほど冷たい。
現に、
ゴミ箱をあさる野良犬も、寒さに辟易したように体を震わせていた。
静かな夜。
だが、犬は突然何かに驚いたようにその体をぴんっと伸ばし、逃げるように路地の奥へ駆けていった。
そして、わずかな間をおいて路地に一人の男が転がり込んできたのだ。
「畜生っつ、くそったれ!あの野郎…俺を裏切りやがった!!」
長身痩躯、
年の頃は30代後半だろうか、
黒髪にはところどころ白髪が混じり、
目元には幾重にも細かいしわがはしっている。
身にまとっているのはよれた灰色のシャツに同じく灰色のスラックスのみと、その姿はいかにも寒々しい。
だが、男は寒さなど感じている風ではない。
それどころか、口汚く何者かを罵る男の顔には、玉のような汗がつたっていた。
「まあ、なんとかこいつだけは頂戴できたからよかったものの…足が必要だな。
」
つたう汗を手の甲で拭いながら男は自分がもってきた物に視線を落とす。
傍らに置かれたジュラルミンケース。
彼はそれを抱えて今の今まで裏路地を逃げ回っていたのだ。
あえぐようなため息をもらし、男はここに至るまでの顛末を思い起こす。
こんなことになるはずではなかった、と。
思えば奴と手を組んでからだ。
あんな奴と手を組みさえしなければこんな風になることもなかった。
そう、あの男…。
ライネルとさえ手を組まなければ。
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