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見れば、現行犯ですしね」
落ち着いた声。
「それが嫌なら、さっさとここから出て行って、二度と来ないでください。私はコーヒーが買いたいんで」
黒の携帯をちらつかせて、彼は説得する。
「………ちっ」
舌打ちをしてよろけながら、酔っ払いは店を出て行った。
やっと静かになった店内に、あいの緊張の糸が切れる。
「ふ……」
平和な雰囲気が戻ってくればくるほど、さっきまでの恐怖が感じられる。
「……大丈夫か?」
戸惑ったように声をかけられ、堪えた涙が一筋落ちる。
「うっ……」
優しくされるとやばい。堪えていた涙が止まらなくなる。
「うぅ……」
溢れてくる涙を見せたくなくて、俯くが豪快な涙はどんどん流れる。
この人も嫌みを言った嫌な客だったのに。
「っく……」
泣き声が止まらない。
少し困ったような、でもこの前とは違う優しい眼差しで彼はこっちを見てる。
涙を止めようとしても、彼の雰囲気に安心してか、なかなか止まらない。
「……すいま……せん…っ…」
ぐすっと鼻をすすると、白くて長い指が男物のハンカチを差し出す。
「使うといい」
「でも……」
綺麗にアイロンのかかったハンカチを使うのは躊躇われた。
「気にする必要はない」
「…じゃあ……」
気遣う声に、手を伸ばした。少し触れた彼の指先は、冷たかった。
「天音さん大丈夫ですかぁ?」
ようやく裏からバイト君が戻ってくる。
事態が収まったから出て来たのだろう。
へらへらと笑っている。
「あ、いらっしゃいませ~」
バイト君が戻って来たのを確認して、彼は何も買わずに店から出て行ってしまう。
手元に残されたのは、かすかに彼の香水が香るハンカチだけだった……。
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