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静かな車内、タカヒロさんが穏やかに聞いてくる。
あいのプライベートをこういう風に聞いてくるのは、今までの彼氏にはなかった事。
年上の余裕がさせるのか、そこに息苦しさは感じない。
「普通だよ?」
「その普通が聞きたいの」
くすりとタカヒロさんが笑う。
「仕事して~、家帰って着替えて、……あ」
「あ…?」
あいの言葉が途切れたのを促す。
嫌なことを思い出した。嫌な、最悪な客。
「あいちゃん?」
「……嫌なこと思い出した」
「嫌なこと、まさかお客に何かされた?」
「それはないない」
タカヒロさんの言葉を否定する。意外にタカヒロさんは心配性だ。
「なんか……、態度が悪いって、客に逆ギレされた」
拗ねるように言う。
「それは……、本当に、あいの接客が悪かったんじゃない?」
信号が青に変わる。からかうように、タカヒロさんが言う。
今……。
あいって……、言った。
タカヒロさんは今まで、いつも『あいちゃん』と呼んでいた。いつも……。
たったそれだけの事なのに、嬉しい。馬鹿にされるかもしれないけど、胸がときめく。
「着いたよ」
やがて車は、イルミネーションの輝くツリーの近くに止まる。
「うわぁ。綺麗」
まるで子供みたいにはしゃいでしまう。
車外は、さらに気温が下がっていて寒い。
「あい」
タカヒロさんが、手を握ってコートのポケットに入れてくれる。
「なんか、嬉しい」
素直に言う。
「何が?」
大きなツリーを見上げながら、タカヒロさんが聞く。
「呼び捨て。今までちゃん付けだったから」
「あぁ…、だって、あい、俺のものでしょ?」
拗ねたタカヒロさんの口調。恥ずかしそうな仕種に、また胸がドキドキした。
「独占欲?」
「うん…、なんか独占したくなった」
自信なさ気な言い方が、可愛くて、愛しい。
「じゃあ、私も呼び捨てしてもいい?」
まるで中学生みたいなやり取り。くすぐったい。
「あいは、だめ」
「え~?。なんで?」
「あいの『さん』付けって、俺すっごく萌えるから」
「何それっ」
ツリーの下で、何でもない馬鹿話をしながら、子供みたいにじゃれて、タカヒロさんと何度もキスをした。
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