左胸に抱く子猫

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  「面白い話なんて、ないよ」 そう言いながら寂しそうに笑うミケは、心の中で泣いていたんだと思う。 「別に面白くなくたっていい。ミケのことを聞きたい」 「……ナンパとしては、3点だね。100点満点で」 ぷっと吹きだしてからそう言って、彼女はぽつぽつと話し始めた。 母親を亡くしてから、生活が一変してしまったこと。 父親が豹変し、心を擦り切らしてしまったこと。 ミケ自身も疲れ果てて、段々学校にも行かなくなり、高校には最初の数日しか行かず、今や完全に不登校になっていること。 父親と二人で家に居るのも居心地が悪くて、日中は町中を適当にぶらついていること。 「だからあたし頭悪いんだよー。ねえ、ミヤタ君ってなんか勉強できそうだよね。これもなにかの縁じゃないかなぁ? 良かったら教えてよ」 そんな話をした直後に、またからりとした笑顔を浮かべてねだってきた。 昨日帰り際に声をかけてきた、クラスメイトの女子のことが頭をよぎる。 言い訳に使った、『教えるのは得意じゃない』という言葉。 それは嘘じゃない。 あまり人と関わらないせいか、俺は人に何かを伝えるのがすこぶる苦手だった。 「いい、けど。教えるのは下手だよ」 「構わないよ。それじゃあまず練習しよう?」 練習? 俺が聞き返すと、ミケは少し目を細めて、身を傾けてベンチに手をつき、顔を近づけてきた。 「今度はミヤタ君のことを、あたしに教えて」  
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