左胸に抱く子猫

12/12

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
  「それじゃあ、ミヤタ君の名前も聞かないでおくよ」 両手を腿につき、上半身をこちらに突きだしながら首を傾げて、まるで小さな子供に言い聞かせるような声でミケはそう言った。 それを俺は鼻で笑う。 「教えてあげるなんて言ってないけどね」 「ひっどーい、意地悪」 拗ねるように、わざとらしく頬を膨らますミケ。 こうして他愛の無い会話が弾むのが心地良い。 他の、例えば同級生だったら平然とやってのける事だろう。 だけども俺にとっては今まで逃げ続けていて、ちっともやろうともしなかったしできもしなかった事。 「なんか、今日のミヤタ君はよく笑うよね」 俺の顔を覗きこむようにしてきたミケの顔を見る。 慈しむような笑顔。 今まで見てきた誰の笑顔よりも優しくて、素直で、柔らかい。 その背中の向こうに広がった青い空は、死にたくなるほど『綺麗だ』と思った。 こんな感情を抱くのは、いったいいつぶりだろう。 「さあ? 楽しいんじゃないかな」 太陽の光にか、彼女の内側から滲み出る生きるエネルギーのようなものにかわからないが、眩しくて目を細めた。 俺は空を好きになるまで、彼女の名前を知るまで、きっと死にながらそれでも生き続けるんだろう、と思う。  
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加