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男は、手に持っていた小ビンを海に投げた。ビンは波と戯れる様に、ユラユラと揺れながら、岸から離れていく。男は、遠く離れるビンを見つめると、手を合わせて祈った。ビンの中には、墜落事故で死に絶えた乗客が着ていた服を破き、そこに自分が遭難して生きている事を伝える為のSOSを記していた。
飛行機が墜落して、数週間。男は、海岸で拾った小ビンを見て、今迄に何通も海へ投げた。しかし、一向に救助が来る気配も無かったが、幸いに同じ様な小ビンが漂着する事もあり、絶望して自殺しかけた男にとっては、唯一託した生命線であった。
今日は殊更に祈りを捧げていると、後方から声を掛けられた。
『今日も投げたのかね?』
声を掛けて来たのは、男と同じ飛行機に搭乗して、やはり生き残った老人であった。
「あ…こんにちは…。えぇ、私に出来る唯一の手段ですから…」
『そうかいそうかい。首を吊ろうとしてた、あの時とは違って、目に力が戻った様だね』
老人は、優しい笑顔と口調で返した。
「お爺さんの方には、何か変わった事がありましたか?」
老人は、黙って首を降る。同じ場所に二人で居るよりも、船や飛行機を見つけやすいという事で、老人は、島の反対側に住んででいた。
『まぁ、気長に行こう。生きなければ、助かる物も助からん』
「…そうですね」
老人の励ましに、少し笑いながら男は答え、二人は、そのまま住み家へと戻っていった。
翌朝、まだ日も出始めた頃、老人は目を覚ますと砂浜へ向かった。そこは男と会った海岸と同様に、旅行であれば絶好のロケーションである。砂浜を歩くと、その途中に、小ビンが漂着していた。老人は拾い上げると、蓋を開けて中身を取り出す。布に書かれた救いを求める言葉に、ただ声も無く泣き出した。
『こうでもしないと君は、いつかまた死を選んでしまうだろう…。許しておくれ…。ただ君の為なんだ…。この小ビンが、儂にも唯一の希望なんだ…』
小ビンを握り締めながら、老人は呟くと、その歩を、男が住む側の海岸へと向けた。男が眠っているうちに、海岸に小ビンを置いて行く為に。
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