鷹野孝という男

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…また同じ夢を見てしまった…もう何回目だろうか。 数えても数えきれないくらい私はしょっちゅう同じ夢を見ては汗グショグショになって起こされる。 (ハァ~…何考えてんだろ私ッ、しっかりしろ!) まだ覚醒しきれていない眠い瞼を擦りながら浮絵はパジャマ姿のまま台所の机の上に置いていた昨晩の食べかけのロールパンを一口かじった。 (固…い…そりゃラップもしなきゃ固くなるわよね…) 昨夜職場を定年退職する上司の飲み会に参加した二日酔いの酒がまだ脳みその中にべったりと張り付いているようで何かすっきりしない。 (ハァ~…それでも職場は溶けて無くなってはくれない…行かなきゃ…) 浮絵は下着をつけ乱れた髪をブラシで梳きながら同時にお気に入りの黒いタイトスカートに脚を通した。 (どうしたらよいものか…困るんだよねこんなのが一番!) もっと他に考えたい事が山ほどあるというのに今の浮絵の心の中にはその《困った事》が余りにも大きなウェイトを占め過ぎていてまるで思考回路を休ませては貰えないのだ。 (アレ?このブラウス昨日も着たかな?ヤッバイもう物忘れッ!?まだ私かろうじて30代よッたく頼みますよ~!) 誰に怒る訳でもなく浮絵はやり場のない苛立ちを噛み締めるとファンヒーターのスイッチを切って玄関でヒールを履いた。 (ヤダ…会社…行きたくない…) 一人ぶつぶつとマンションのエレベーターに乗り込むと浮絵は誰にも遠慮なく大きなため息をついてみた。 (ため息をつくと幸せが逃げる…か!ハハハ、じゃ私にはもう幸せの貯金は多分残高ゼロね。) 浮絵は思わず淋しそうにエレベーターの天井を見上げた…
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