鷹野孝という男

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(ハァ~……) つきたくもないため息が喉奥から次から次へと押し出されてくる。浮絵はその日の昼休み、歴史博物館の一番奥にある直属の上司がいる部屋に歩みを進めていた。 (何かこんな事…部下の管理能力がありませんって自分から恥をさらけ出すようなものだけど…でももう背に腹は変えられない。これ以上…) 浮絵は何度も立ち止まりながらやっとの思いで上司のいる部屋の前に着いた。 「林館長、おられますか?」 ノックをして静かに扉を開き中を覗くとこの博物館の館長で浮絵の直属の上司である林常靖課長がちょうど弁当を食べている最中だった。 「あ…すみません食事中ッ、また出直します!」 「ンッ、んがぁいいよ伊佐坂君ッ、何か用があるんだろ?」 慌てて飲み込んだご飯をお茶で流し込むと林常靖課長は面長の顔で黒眼鏡越しに目を細め手招きをした。 「………」 「何かあった?」 林館長は汚れた口元をティッシュで拭いながら上目遣いに浮絵を見た。 「こんな事を館長に話すのは心苦しく…ひいては私の主任としての管理能力にも…」 「何が言いたいかは大体解るよ。」 林館長は全てを悟っているかのように湯飲みのお茶を口に含むと歯についた食べカスをクチュクチュとお茶で濯いだ。 「鷹野君の事だろ?」 「………はい。」 浮絵が心苦しさを感じているのには理由があった。何を隠そう鷹野孝はその実力を買い林館長が直々に福岡から引き抜いて来た人材だったからだ。 そんな林館長が連れて来た鷹野孝の現在の怠惰な仕事ぶりを直接林館長に報告しなければならないのだからそれは心苦しくもなる… 「伊佐坂君の手に負えない…と?」 「………」 人並みに主任として皆をまとめる存在である自分が簡単には認めたくはないが浮絵は素直に首を縦に下ろした。
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