鷹野孝という男

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「頼まれた仕事はこなせない、先輩職員には無愛想…彼ははっきり言って職場の和を乱しています…て言うかそれを何とかするのが私主任の仕事だという事も認識しているつもりなんですが…」 「やはり福岡部所の松山君の言う事は正しかったという訳か…向こうで初めて逢った時はなかなかやり手の若者職員に見えたんだが、私の見込み違いだったのかも…」 「そ、そんな……」 林館長は浮絵がまだ新米の頃からこの世界の仕事を手取り足取り指導してもらった恩人とも言える人物でなかなかの人格者である… 何を隠そう浮絵の才能をいち早く見抜き、今の主任の役職に抜擢してくれたのも他でもない林館長だったのだ。 「で…伊佐坂君の考えは?」 「え?…あぁ、わ、私の…」 突然切り替えされ答えを用意していなかった浮絵は思わず呂律が回らなくなった。 「職務の怠慢、さらに職員の和を乱し、それが伊佐坂君の職場にとって今後マイナスとなるのならそれはそれで考えなきゃならんだろ…」 林館長は腕組みをして何とも言い難い顔付きでそのまま後ろの椅子の背もたれにもたれ掛かった。 「………」 転勤させる?…ととってもよいのだろうか、林館長の曖昧な言葉に浮絵は戸惑いを見せた。まぁ林館長自らが決断するならそれはそれでもよいと浮絵は思っていた。そもそも自分が面接して選んだ人材でもない… 生意気で協調性のない不真面目で役に立たない職員はそれこそいない方がマシだ。 「林館長に…お任せします。」 「………そっか…分かった…彼の処遇は考えとくよ。」 浮絵は丁重に部屋を出て一度大きく息を吐いた。 (これでいい…これでいいの浮絵よく言った…後は林館長が何とかしてくれる。) その安堵の想いとは裏腹に何故か浮絵の心はすっきりはしなかった。
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