序章

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カツオの父磯野波平は病に臥せた後、比較的症状も安定していたので半年前からかねてより世話になっていた療養先の病院からの紹介で介護付有料老人ホームの一室に転居していた。 「え~と…その先の国道を第三京浜のほうに折れて下さい!」 タクシーに乗り込むと浮絵はタクシーの運転手に手際よく波平の療養している老人ホームへの行き先を教えた。 「浮絵さん僕の父さんの療養先詳しいんですね。」 カツオが目を丸くすると浮絵は長い髪を一度かきあげた。 「私も月に何度か老人ホームの方におじ様の様子を見にこさせてもらってたから…」 「そうですか…ありがとうございます…ホントに何から何まで父の事気にかけてもらって…僕長男として…」 カツオは自分がいない間に浮絵に父の世話を焼いてもらっている事に恐縮した。 「ち、ちょっと止めてよカツオ君気にする事なんてないよッ、私はただ好意でしてる事だし…私おじ様を家族のように慕ってるんだから当然じゃない。だからカツオ君は何も気を遣う事なんてないんだからね?」 タクシーの車窓から見える街のネオンが次第にゆっくりと鮮やかな夕焼けと同調し始めた。 「カツオ君は自分の夢に向かって頑張ればいい…おじ様だってきっとそれを望んでおられるはずだから…」 「………」 「サザエさんや義理のお兄さん、私やワカメちゃんだって居るんだし…おじ様の事は心配しないで?」 「ありがとうございます…ホントに僕何て言えばいいか。」 タクシーは夕方の都心の渋滞にはまっていた。
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