序章

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「色々ありがとうございました…帰りは後から義兄さんが車で迎えに来てくれるよう連絡したんで。」 「そっ、じゃぁ私はここで…」 老人ホームの前でスーツケースを置いた浮絵は何度も頭を下げるカツオに恐縮しながら乗って来たタクシーにまた乗り込んだ。 「ホントに…」 「んっ?」 「あ、いや…今日はホントにありがとうございました。」 「日本にはいつまで居るの?またトルコに戻るんでしょ?」 「あ、はい…その予定なんですが実はまだ詳しい事は…暫くは日本に居ると思います。」 「そっ…じゃまたその間に暇あったらゆっくり飲めたらいいね、向こうの土産話も聞きたいし…」 浮絵は最後までタクシーの外側に残っていた長い左脚をタクシーの中にスックと乗せると笑顔で手を振った。 「浮……」 「ん?何?」 運転手がタクシーの扉を閉めようとした瞬間カツオが口をついた。 「浮絵さんてやっぱり…僕が小学生だった頃からずっとずっと変わらない最高の女性です…ホントに…」 「え?………」 「あ、すみません…僕当たり前の事…あ、今の言葉忘れて下さいッ!」 「………」 タクシーの扉が閉まるとカツオは窓の外で満面の笑顔を振り撒くと老人ホームの玄関に松葉杖を滑らせていった…。 (な…何なの…今……の) 浮絵の中で懐かしさとも切なさとも受け取れる何かフワリとした感情がいつまでも渦巻いていた…
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