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「あのーまだ動いちゃ駄目ですか?」
ぐでんとパイプ椅子の背に師雪崩掛かる様に腰を下ろしてお伺いを立ててみる。
「駄目。あと1分。それ終わったら10分休憩あげるから」
忙しなく木炭を木炭紙に走らせていく。
描かれているのは────噂のモテモテ君、矢澤元(やざわはじめ)
梓の言葉にうんざりした様に顔を顰める。
あと1分と奮い立たせるにも、なんだかんだで朝からずっと15分セットで間に10分だけの休憩を挟み、絵のモデルをしているのだ。
じっとしていると言うことは存外辛い。
「お尻いたいー。腰がいたいー」
わざと泣きそうな声を出して訴えると、ちょうどタイマーの電子機械音が鳴った。
「あ、お疲れ。休憩いいよ、10分だけだけど。」
ん、と矢澤にお茶の入ったコップを差し出すと矢澤は会釈をしてそれを受け取った。
「それにしても梓先輩、意外だなー」
固まった筋肉を伸ばしたり解したりしている矢澤に何がと視線をやれば、だってと続けた。
「あの“条件”が絵のモデルとはねー」
駄目で元々。ここは一回この人に賭けてみよう。
そう思って、梓の“条件”を聞く前に二つ返事をしたのは矢澤自身だ。
だが実際に、未だに信じられないが、矢澤は窮地を確かに救われた。
あれは反則だ。
そして後になって冷静さを取り戻すと自分はとんでもないミスを犯してしまったかもしれない、と戦々恐々としていたのだ。
なにせ自分は自他共に認めるイケメンボーイ。
どんな要求をされるか想像したら背筋に冷たいものが走った。
もし性奴隷になれとか言われたらどうしよう、ほら、俺男前だから。
口約束とは言え条件をのまず女子に助けられたとか吹聴されたくはないのでなるべく素直に従いたいと思っているし、第一にあんな野球部員を見たら彼女に抵抗するのもおぞましい。
あんなえげつない出来事が我が身に降りかかるとか想像すらしたくない。
でももしも人権を無視する要求だったら、云々とぐるぐると悩んでいたが「とりあえず明日美術室でモデルね」の一言でそれも杞憂だと分かった。
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