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「弾は貫通してるし、幸い太い血管も外れてる。大分失血してるみたいだけど数日安静にしてたら回復するさ」
そう言ってタオルで手を拭きながら、処置室代わりの部屋から出てきたのはフェイだった。
俺達の前に来るとフェイは手術帽を外し、軽く首を振る。
一つに束ねた黒髪が肩の上で踊った。
フェイは俺と同じアジア系だけど国が違う。韓国系だ。
なんでも元は韓国の大病院の跡取りでアメリカには留学のために来たらしい。
それが何故スラムに住み着いて日々スラムの人達を診る日々を過ごしているのかはよくわからない。
留学先の病院での権力争いに飽きたとか、親の言う通りの人生がいやだったからアメリカではじけちゃっただの噂はいろいろある。
だけど本人がいつもにっこり笑ってかわすので真実はよくわからない。
まあ、変わり者、というのは確かみたいだけど。
「感染症の可能性は?」
「今のところはないけど、抗生物質は飲ませておく必要はあるね」
「そうか……」
「それより感謝ならそこの坊やにするんだね」
そう言ってフェイは俺の方を指さした。
「血液、ストックしてたのじゃ足りなかったからこの坊やからも抜かせてもらった。本当はいけないんだけどね。でも、ぼうやがいなかったら助からなかったよ」
その言葉に、眼鏡の男が俺を見た。
それまでの人相が人相だったから、俺は思わず血を抜かれた左腕を押さえながらも、う、と半歩体を引く。
でも、その人は改めて俺の方を向き直ると、すっと頭を下げた。
「ありがとう……」
着ている服はぼろぼろのよれよれで、背負っていた男の血まで滲んでたりしたんだけど、どうしてかその頭を下げる仕草には気品みたいなものがあって。
俺は思わず見とれて立ちつくしてしまった。
でも、どうやらその人も気を張っていたらしい。
身体を起こそうとしてぐらり、と身体が揺らいだかと思うと、そのまま意識を失って倒れてしまったんだ。
「……やれやれ、病人一名追加か」
それを見て呆れたようにフェイが言った。
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