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「わざとらしい、芝居は、やめろ」
ジョンの言葉に、俺もグロウも目を見開く。
「じ、ぶんのことだ。わかる。もう、長く、ない」
視界がちらつくのか、ジョンは視線を泳がせながら目をしかめた。
グロウの顔が捕らえ切れていないようだった。
「頼み、たいこと……ある」
そう言って、ジョンは俺が握っているのと逆の手をグロウの肩に伸ばした。
まだ傷の残るグロウの右肩を捕らえると、ぐっ、と掴む。
「デザート・ウルフ、を、頼む」
囁かれた言葉に、その場にいた誰もが目を見開いた。
「馬鹿言え! あれはお前のチームだろ! 俺が引き継いでどうする!」
「幹部も、納得する。お前らは、変えられない……変えた」
変えられないものを変えた――
紡ぎきれなかった言葉を捕らえ、グロウが息を呑むのがわかった。
確かに、この底辺で生きるスラムの人々の生活の何かを変えたくて始めた金持ち相手の、盗み。
だけど――
「俺は、俺の家は、家畜小屋みた、いな、ところだった」
ジョンが少し遠い目をして言う。
大分昔に聞いたことがある。
ジョンの親は父親が重度のアルコール中毒で、常に暴力をふるっていて、母親はそれに耐えきれず男を作って逃げたんだとか。
ジョンも、このままでは殺されるからと家を出て、流れ着いたのがこのSKID ROWだったんだって。
「酒飲んで、働きもしない、父親と、子供を、護ろうともしない、母親。俺達は、そんな鬼の巣で、縮こまるように、生きてた」
俺達?
複数形の言葉に疑問を感じた俺が顔を上げると、ジョンもこちらを見た。
「おとう、とが、いたんだ。けど、まもって、やれなかった」
そう告げるジョンの震える手に、力がこもる。
俺は必死にそれを握り返した。
「母親が、出て行った、日。あいつは、は、らいせに、俺達を、殴った」
弟は、それで――
そう言って言葉を切ったジョンの目尻に、涙が浮かぶ。
透明なしずくが一筋、頬を伝った。
「護れたのは、俺だけ、だったのに」
俺はジョンの言葉を聞きながらかすかに目を閉じた。
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