1)袖振り合うも多生の縁とはいうけども、ねぇ

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 昨日はベッドが全部埋まっちゃったから家に帰ったけど、元々、スラムに入り浸っているといったってそこに家があるわけじゃない俺は、夜は大概ここに転がり込んでいた。  だから俺にとってはフェイの家は、勝手知ったる、というやつで、マグカップの位置もインスタントコーヒーの位置までなんでも知っている。  俺は当然のようにキッチンでお湯を沸かすと、やっぱり勝手にコーヒーを煎れ、マグカップ二つを手にリビングに移動した。    ソファの前のローテーブルにことん、とそれを置く。 「大した豆じゃないけど、もし良かったらどうぞ」  俺が言うと、ジェイさんは驚いたような顔をして俺を見上げた。 「あ、ああ……すまない」  小さく呟いて、ジェイさんはマグカップを手に取った。  明らかに三十を越えているフェイの私物としては痛々しい、アヒルのキャラクターの形をしたマグだったけど、ジェイさんは特になにも言わなかった。  無言で一口含み、顔をしかめる。 「……本当に大した豆じゃないな」 「本人聞いたら怒るから、もう少し声を抑えた方がいいよ」  ジェイさんの感想の声が余りに大きかったので、俺は慌てて口元に人差し指を当てた。 「フェイはね、ああ見えて味覚に関して超絶な音痴なの。だからこの安いコーヒーが心底美味しいと思ってる」 「……それは、なかなか」  言いながら彼はもう一口コーヒーを飲んだ。  それから、どうしてか力が抜けたように、笑う。 「どうも、がらにもなく動揺していたみたいだ」  苦笑混じりにそう言うので俺が不思議に思ってジェイさんを見上げると、彼は肩をすくめた。 「ずっと飲まず食わずだったこと、今気づいた」 「て、もうお昼近くだよ?」 「いや、今日の朝からっていう意味じゃなくて」  ジェイさんはますます苦笑を深くした。 「昨日の夜からさ、何も食べてない」  その言葉に俺は驚いて、まじまじとジェイさんの端正な顔を見つめた。  ぱっと見た感じ全然そんな風に見えないくらいひょうひょうとしていたからだ。  でもよくよく見てみると、確かに目元には疲労の色が滲んでいた。
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