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「覚えておくがいい。一度まっとうな道からフェイドアウトした人間にとって、この国ほど恐ろしく冷たく、厳しい国はないなんだってことをな」
それを背中に聞きながらも、玄関で待つグロウに、この時ジェイさんはあえて瞳を緩めてみせた。
――でも、まだ知らなかっただけなんだ。
その言葉が、こののちずっと、彼を縛っていくことになるんだということを。
差別を、不平等を憎み、戦ってきた人達からの教えだけではなく。
フェイのかけた言葉をその身で体感していくことによって、彼もまたつらい戦いに身を投じていくことになる。
それはまた、だいぶ先のことで、そんな会話がされたことすら知らない俺が、知るよしもなかったのだけれど。
そして部屋に取り残されたフェイが、手持ちぶさたにマウスの鼻をなでてやりながら、こう呟いたことも。
「――しかし、彼は損だねえ。頭が回る分いろいろ見えてしまって、縛られる。もう一人のように直感で動くには身が重い」
そう言葉を紡ぐ彼の表情には苦い笑いが刻まれていて、変人と言われる彼が歩んできた人生の苦労を忍ばせるようなものだったのこともまた――
「……昔の自分を見ているようでついお節介を焼いたなんて、だいぶらしくなかったな、私も」
誰一人として知ることは、なかった。
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