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「あとはおじさんが柔道やってるから、柔道も少しやらされた時期があったかな。段位はよくわかんないけど、どっちもせいぜい州のジュニアチャンピオンレベルだよ」
「いやいやいや……十分だろ」
「そうかな?」
言って、俺はジェイさんを見上げた。
「みんながジェイさんみたいに言ってくれたなら、俺は家を出なくてもすんだんだけどね」
ーー州のジュニアチャンピオンでは、世界大会はやっぱり遠い。
そこに至るにはもっと高いレベルの練習と、もっとたくさんの鍛錬をしなければならない。
それこそ遊ぶ暇すら削り、人生のすべて空手に費やすような生活だ。
でも俺はそんな生活に心底疲れていた。
それが、俺が心底やりたいことだったら、いい。
でも俺は好きで空手なんてやったことはない。
人を傷つけるのは嫌いだし、自分が痛い思いをするのもいやだ。
だから喧嘩が強いってわかったら利用されるだろうと思ってデザート・ウルフでも自分の実力はずっと伏せてきたし、今だってジェイさんのことがなかったらこんな風に暴力ふるう気なんてなかった。
俺はもっと普通の生活がしたかったんだよ。
ジョンのように毎週毎週アニメを見たり、友達とサッカーで遊んだり……
ううん、元々そんなに活動的な質じゃないから、家で本を読んで静かに過ごすような生活がたぶん、一番性に合ってるんだ。
だからフェイのところにいるのが楽しいんだ。
あそこには医学書以外にも文学とかいろいろな本が置いてあるから。
そんな俺の気質を理解してくれたのは母さんだけだった。
だから母さんはパンク寸前の俺をフェイのところにあえて逃がしてくれたけど、父さんは理解できないみたいだった。
どうしても家に帰る必要がある時はなるべく父さんのいない時を見計らって帰るんだけど、鉢合わせるといつも喧嘩だ。
お互いがお互いの言葉でえぐり合うようなえぐい喧嘩。
でももう、それもいやだった。
俺だって好きこのんで自分の親を憎みたいわけじゃないんだもん。
だから母さん自身に言いたいことも不満もあるけど、外にいていいと理解してくれることだけは心底感謝してる。
当時の俺にはあの家は地獄以外のなにものでもなかったんだ。
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