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生きている音、何かが息づく音。
俺はスラムでひっそりと生きる人たちの、そんな音を聞くのが好きなんだ。
だから現実逃避をしたい時とか何かに息が詰まった時はいつもこうして意識を外に向ける。
誰かが生きている気配が、締め付けられた自分の意識をどこか自由にしてくれるような気がするから。
不意にそんな喧噪がすべてかき消された。
前の通りを車が通り過ぎていったんだ。
俺はまるで夢から覚めたように目を見開いて、それから苦笑と共に意識をまた、家の中に引き戻す。
からん、とまた、袋の中で缶が音を立てた。
すると、背後でがさりという音と共に不意にジェイさんが立ち上がった。
どうやらずっとかがんでいて腰が痛くなったらしくて、大きく伸びをしている。
俺がその音に引かれて思わず振り向くと、ジェイさんのアイス・グリーンの瞳と目があった。
するとジェイさんは困ったように眉を寄せて、それからふう、と息をつくと手にしていたゴミ袋を下ろす。
「アレク」
それから囁くような低い声で俺を呼んだ。
「何か聞きたいことがあるんだろ?」
降ってきた言葉に、俺は少し気まずくて視線を落とした。
まあばれるよね。ずっと、食い入るみたいに見てたんだから。
「俺も少し聞きたいことがあるんだ。話さないか?」
だけど彼がそう言って俺に助け船を出してくれたから、俺は再び顔を上げて、それから笑った。
「じゃあ、俺コーヒー煎れるよ。またあの良くない豆だけど、いい?」
俺が言うと、ジェイさんは波打つように口を歪ませた。
前に飲んだコーヒーの味を思い出したらしい。
「まああれしかないなら、しかたないか。頼む」
普通に問いかけた俺に対して、先ほどと変わらない囁くような声で言う彼に、立ち上がった俺は閃くように病室の方を見た。
――ああ、そうか。
寝ているグロウに、気を遣っているんだ。
別にあれだけ熟睡するグロウがそんなことで目を覚ましたりなんかしなさそうなのに。
でも、その気遣いが俺を少し、安堵させた。
その気遣いは、少なくともグロウを嫌っているわけじゃない、ということの証明だったから。
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