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「私は逃げることしかしなかった。今の生活に満足していないわけではないが、それでももう少し向き合えば良かったと思うところはある」
聞きながら漠然と、フェイも大病院の跡取り息子だったことを思い出した。
医者になることを強要されて、厳しい教育をされていたりしたんだろうか。
「真っ当に生きようと思えば社会は決して優しくない。思い通りにもならない。だけどそれと向き合って戦って時には折り合いをつけていくことも必要だ」
「フェイ……」
「まあ、義賊ぶってみたりしているんだ。それはそれなりに君の戦い方なんだろう」
「……!」
俺が驚いて顔を上げると、フェイは呆れたような顔で振り返った。
「ばれていないと思っていたのかね? あれだけ外に出て行きたがらなかった赤と金の餓鬼がちょくちょく出かけていくようになって、しかもその前にはデザート・ウルフの餓鬼どもがここに入り浸っていた。そこにあのデザート・ウルフ名義でのばらまきがあった、となれば君達がどんないたずらしていたかくらい、推理はつく」
得意げに推理を披露するフェイに俺は唇を波打たせて、それからこの油断ならない医師から身体を離した。
「と、とにかく! 今までありがとうね! また来るから」
「来なくていい。いい加減私に静寂を返してくれ」
「いやだよ。いやでもフェイを社会と関わらせてやるんだから」
「!」
「じゃあね!」
言って、俺は荷物を持って駆け出した。
フェイの部屋を出、病室を通り過ぎ、慣れたリビングまできてふと足を止めた。
大分怪我の良くなったグロウはもう、ここにはいない。
ジェイさんと一緒にデザート・ウルフのアジトの方に出て行った。
だけどあのグロウを拾った次の日の朝、ここでコーヒーを飲んで苦い顔をしたジェイさんとか、それからずっと日の経った夜、距離を置こうとしたジェイさんに、ふざけるな、と怒ったグロウとか。
フェイにどんなに嫌味を言われようが怒られようが入り浸って大騒ぎしたデザート・ウルフのメンバーとか。
気づいたら俺が転がり込んできた時に比べて、この家にはものすごく思い出が増えた。
それらが胸に焼き付いて、離れない。
短かったけどとても思い出の詰まった数ヶ月間。
それを経たからこそ俺は、この家を出られたのだ。
多分きっと俺は忘れない。その日々を。
永遠に。
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