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高級そうな匂いが漂う。床に敷かれたワインブラウンの絨毯の匂いだろうか。
黒い硝子テーブル。中心には灰皿と花器。
テーブルを挟むように置かれたベージュのソファ。
上座の後部には机があり、側面の木目がニスで艶やかに光を反射している。
窓となっている壁一辺からは都会の町並みを一望出来る。
ビルの一室。
―――数分前、少年はホームで見掛けた男の後を追っていた。
はず
だった。
――――男に案内されるがままにソファに腰を掛ける少年。男も同時に腰を掛ける。
「単なる好奇心からか…なるほど。しかし、後を付けるのは思わしくありませんね。」
落ち着いた大人の声だった。
「すいません。」
恐縮しているのか、少年は言った。斜め下を向く。
少年とインテリな雰囲気を持つ男。
二人しか居ない室内は、何故か張詰めてた。
「私は神谷と申します。」
口火を切ったのは、男の方だった。でも無表情のまま。そして続ける。
「今はとても良い気分です。たまには話相手が居るのも悪くありませんね。」
と言いながら、神谷はそっと立ち上がり窓際から街を見下ろした。
怒られると思っていた少年が顔をあげる。
「…神谷さん、さっきホームで泣いてた人は…」
誰も座っていないソファに向かって言う。
「そうか、君は元々その話を聞きたがっていましたね。」思い出したように神谷は机の上にあったサイコロを指で摘む。そして少年に見せた。
「簡潔に教えましょうか」
少し笑ったように聞こえた。
―――――
「サイコロは江戸時代に賭事をイカサマする為に頭の良い人間が1の目を大きく彫り、重心が6に集中するように作ったそうです。しかし、このサイコロは更に6の目に鉛を仕込んであります。」
神谷はテーブルの上にサイコロを転がした。そして掌でそれを伏せるように隠した。
「サイコロの目を当てたら、詳細を教えましょう。」
少年はサービス問題だと思った。緊張感が解ける。
まるで、これは冗談なのかと笑ってしまう。
1以外何が出る(笑)
「それ…1です。」
自信はあるが、神谷の手から視線が離せずにいる。
「君は賢い。」
言いながら神谷はそっと手を開ける。
「…」
少年の表情が固まる。
「と思ったが…思い過ごしだったようですね。」
――
相手を如何に見抜き
自らを信頼させる
その定義をあの男に当てただけです。
――
1の目の彫り
鉛
全部嘘であった。
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