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私は視点がやけに低いことに気づいた。
青年はその腕を掴んでいた私の手を振りほどいて、走り去ってしまったのだ。
「吹き飛ばされたんだ、私……」
呆然と呟いて、乱れた髪を掻き上げる。
玄関は中途半端に口を開き、その縁にパスケースを遊ばせていた。
「落とし、た……?」
頭を打ったのか、鈍い痛みが響く。
顔をしかめて後頭部をさすりながら、這いずるように玄関まで移動する私。
パスケースには、学生証が入っていた。
顔写真は、青年のものだ。
落ち窪んだ瞳に光はなく、痩せた顔に生気は感じられない。
『天海治』
アマミハル。
アマミ
ハル
何処かで聞いたような気がしたけど、思い出せそうで思い出せなかった。
そういった靄のようなわだかまりを引き摺りながら、私は漸く立ち上がる。
天海治を、追い掛けなくては。
私はそれしか考えていなかった。
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