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呆然とする私にも、逃げていく女の子にも顔を向けずに青年はカンバスを切り付けるような勢いで筆をぶつけている。
聞こえてないんだ。
私は何日もお風呂に入ってなさそうな後ろ姿を暫く見詰め続けた。
二十分
三十分
一時間。
「う……」
不意に筆を置いて振り返った彼と目が合った。
合って、しまった。
「最上苗ちゃんの代わりに、来たんですけど……」
「モガミナエ」
「あ、すみません。私は早瀬沙夜といいます」
訝し気に眉根を寄せる青年を見て、私は慌てて取り繕うように言う。
その刹那、青年は目を丸くして私に詰め寄った。
「ハヤセサヤ……?」
色素の薄い瞳は猛禽類みたいな光で私を貫く。
鬼気迫る、という言葉が良く似合うその表情。
私は、気付かないうちに後退っていた。
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