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叫ぶ暇すら無かった。
それ程に一瞬の出来事だった。
落ちてきた巨大な飾り石は太子の頭を押しつぶし、勢いのついたそれは彼の右腕を残して全てを叩き潰した。
妹子は目の前でもうもうと砂煙の上がるのをただ眺めているしかない。
呼吸が苦しい、なぜだろう。ああ、息をしていないからだ。知らず呼吸を止めていた。
地面に埋まった太子が、朝想像した通りに笑顔で這い出てくるのを妹子は待った。
待った。待った。
ジワジワと赤いものが染み出てくる。意識を持ったかのように一筋、ツツー・・と妹子の靴の先にそれが触れた。
妹子、と彼の声が聞こえた気がしたがサワサワと葉の揺れる音しか拾えない。
広がる染みは墨を紙に落としてしまった時の様に、静かに地面を侵食していく。太子はまだ、出てこない。もう、出て、こない。
「ぅあ・・あ・・・」
引きつった声が漏れた。
足を一歩引くと赤が地面に尾を引く。これは太子の血だ。一歩、また一歩と知らず後ずさった。
こんなのおかしいじゃないか。神事を行う為に祀られたこの石はそう古い物じゃない。土台もまだ比較的新しいのにそれが突風如きで崩れるなんて事があるわけない。
ねぇそうでしょう?太子。太子。太子。
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