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夕日に染まる横浜市風見区の街。
行く先の定まらない足取りで歩く一人の男性。
焦点の合わない両の瞳は、何処か朧げなものを見つめているようだった。
タイのないワイシャツに紺色のスラックス。
掃き潰した革靴に光沢は無い。
何かに疲れた様子の男は、それだけで十歳は老けて見えた。
行き交う人々とたまにぶつかる程、ふらついた足取りで歩く男は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「力さえあれば・・・・・・」
何度も呟いた言葉は空に消える。
「力さえあれば・・・・・・」
男が最後に呟いた時、行き交う人々の群れの中からはっきりと声が聞こえた。
透き通る様な滑らかな声。
美しい程の鮮血色の瞳に真っ白な雪色の肌。
腰まで伸びた真っすぐな長髪は幻想的な銀色を帯びていた。
「どんな力が欲しいんだい?」
一瞬女性に見えた目の前の人間は、完璧な美とも言える、上下漆黒のスーツに身を包んだ美しい青年だった。
柔らかい物腰から発せられた言葉に、一瞬周りを見るが、青年は自分に話しかけているのだと理解する。
「俺は・・・・・・力があれば理不尽な社会をやり直せる気がする」
「そうだね。何者にも負けない知力は、理不尽を打ち負かす力となるね」
微笑を浮かべながら、ゆっくりと銀髪の青年が歩みよる。
「あんた・・・・・・もしかして・・・・・・」
「私が何者かなんて重要じゃない。重要なのは君の得たい力。これだけは覚えておいて」
青年はそういうって、胸元から手の平サイズの石版を男の手に握らせる。
「人知を超えた知力は人を孤独にする。そしてこれを使用した者に安息の死は訪れない」
青年はそう言い残して雑踏の中に消えていった。
男はうっすらと光りを放つ石版を見つめながら、先程青年に言われた言葉を回想していた。
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