一日目

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おれは雨があがるまでここにいるつもりだったが、今日はあいにくと本を一冊も持っていない。 もっとも、雨の喫茶店で読む本の選択には、それなりの注意が必要なのだが。 おれの場合、コーヒーの味を損なわずに時間をつぶすことのできる作家が何人かいる。 しかし、いわゆる純文学というやつは、読んでいるとコーヒーが苦くなるような気がするのであまり読まないことにしている。 ちなみに週刊誌は酒を飲んだときくらいしか読まない。 仕方がないのでおれは他の客を観察することにした。 一番近くにいる老紳士は銀縁の眼鏡をかけ、分厚い叢書に取り組んでいる。 やや神経質そうで、一分の隙もない身だしなみからして、おそらく仏文科の教授だろう。 少し奥にいる学生カップルは、何やら真剣な顔で話し込んでいる。 ということは、政治・経済の話題でないのは確かだが、恋人同士ではなさそうなのでその筋の話でもない。 おそらく、マクドナルド・ハンバーガーの価格破壊と品質、およびそこにモス・バーガーが付け込む可能性を検討しているのだろう。学生にとっては死活問題である。 一番奥の窓際にいるのは若い女だが、ここからでは後ろ姿しか見えない。 しかし、今時艶やかな黒髪は博物館ものだ。おれは自分のカップを持って、席を移動した。 「やあ」 もちろん三流の挨拶。 「隣、いいかな?」 「…タバコ、吸わないなら…」 女は振り向きもせずそう答えた。予想通りだ。 「何、見てるの?」 おれは彼女が窓の外に見ているはずの物を探しながら聞いた。 「…あなたと同じもの…。」 「カーネル・サンダース?」 「…あなたがそう思うなら…」 相手は一流だ。 「僕と同じものってことは、君自身ってことにならないか?」 「…そうね…」 おれはあきらめて、敗戦投手のようにカウンターに引き上げた。 「雨、あがりましたね」 マスターが、夜明けのコーヒーのような笑顔で言った。 おれは三流の会釈を返して店を出た。
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