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◇
その時、まだ生き物のようにアスファルトの上を流れていく血液から目を離せずに、女は呆然としていた。
薄暗い街灯の下、二人の男がいる。
どちらが被害者で、どちらが加害者なのかは一目瞭然だった。
すぐ電話しなければ、と女は思う。
しかし女の身体は動かない。
驚愕の為ではなく、恐怖の感情からでもない。
初めて見る、大量の血液。
命を司る、赤よりも黒に近い液体。
女は見ていたかったのだ。
自分の中にも流れるその黒い液体を。
多分憎しみの果てに流されたであろうその血は、肉体の束縛から解放されて、今やっと安堵の表情をついている様にさえ見えた。
女は生きる事に飢えていた。
正確に言えば、生きる事の意味に飢えていたのだ。
何の為に生かされているのか、何の為に生まれてきたのか。
もともと、すべての快楽に於いて希薄な欲望しか持ち合わせない女は、自分の生に対してさえ、さほどの執着を感じえなかった。
生きる糧を持てなかった。
だから……。
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