1701人が本棚に入れています
本棚に追加
「そう、夜。直に…誰も呼んではくれなくなる名だ。けれど、君には覚えておいてほしい。そしていつか、呼んでほしい。私の名を」
「…うん…わかっ…た」
「ああ、もう少し待って」
眠りに就こうとする私の頬を、彼が撫でる。
「君の名は?」
「…佐奈…樋口佐奈」
「佐奈…良い名だ。ありがとう。さあ、おやすみ」
彼が子守唄を口ずさむ。
聞いたこともないような不思議な歌だったけれど、私は瞬く間に深い眠りに就いた。
***
目を覚ましたとき、もう朝だった。
燦々と照り付ける太陽が眩しい。
体を起こして周りを見回すとそこは山への入口で、しかもあの青年もいなかった。
まるで夢でも見ていたかのようだったけれど、膝の上にあった一つの黒い羽根が、それは夢ではないことを物語っていた。
私はそれを取り、鼻を寄せる。
あの太陽の匂いがした。
叱られるのを覚悟で家に戻ると、祖父母に泣き付かれた。
「ああ、よかった…本当によかった…。神様に取られちまったかと思って…本当に心配したんだよ…」
「神様にお祈りした甲斐があったもんだ」
二人があまりに泣くものだから、私はもう心配させまいと、暫くの間山には近付かなかった。
それでも一ヶ月後には、休みの日に毎日朝から山に出かけ、あの人を、夜を探し歩いた。
けれど彼の羽根の一本すら、見付けられることはなかった。
そして月日は流れ。
私は高校一年生になっていた。
最初のコメントを投稿しよう!