初恋の人

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  「そう、夜。直に…誰も呼んではくれなくなる名だ。けれど、君には覚えておいてほしい。そしていつか、呼んでほしい。私の名を」 「…うん…わかっ…た」 「ああ、もう少し待って」 眠りに就こうとする私の頬を、彼が撫でる。 「君の名は?」 「…佐奈…樋口佐奈」 「佐奈…良い名だ。ありがとう。さあ、おやすみ」 彼が子守唄を口ずさむ。 聞いたこともないような不思議な歌だったけれど、私は瞬く間に深い眠りに就いた。 *** 目を覚ましたとき、もう朝だった。 燦々と照り付ける太陽が眩しい。 体を起こして周りを見回すとそこは山への入口で、しかもあの青年もいなかった。 まるで夢でも見ていたかのようだったけれど、膝の上にあった一つの黒い羽根が、それは夢ではないことを物語っていた。 私はそれを取り、鼻を寄せる。 あの太陽の匂いがした。 叱られるのを覚悟で家に戻ると、祖父母に泣き付かれた。 「ああ、よかった…本当によかった…。神様に取られちまったかと思って…本当に心配したんだよ…」 「神様にお祈りした甲斐があったもんだ」 二人があまりに泣くものだから、私はもう心配させまいと、暫くの間山には近付かなかった。 それでも一ヶ月後には、休みの日に毎日朝から山に出かけ、あの人を、夜を探し歩いた。 けれど彼の羽根の一本すら、見付けられることはなかった。 そして月日は流れ。 私は高校一年生になっていた。
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