翼の人

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  青く晴れ渡る空を、鴉が一羽、飛んでいる。 私は思わず食い入るようにそれを見つめた。 けれどそれはただの鴉で、ましてや人の形などしているわけもない。 私は肩を落とした。 「じゃあここを…樋口」 「あ、はい」 「読んでくれ」 現国の教師に当てられ、私は教科書を音読する。 今日も変わらず平凡な日々だった。 放課後、私は鞄に教科書を詰めていた。 すると、私の目に黒が映る。 顔を上げると、クラスメイトの高橋くんが立っていた。 何やら顔が赤く、立っている様もぎこちない。 私は内心首を傾げながら、彼に微笑んだ。 「ん?どしたの?」 「あ、あのさ。ちょっと裏庭まで、いいか?」 「うん、いいよ」 私は彼に連れられるまま、裏庭を訪れる。 人間が近付いてくることに気付き、鳩が一斉に空を飛んだ。 あの三羽の中にも、人の形をしたものはいない。 私は小さく溜め息をつきながら、不意に立ち止まった彼に視線を移した。 「あのさ、俺…入学した頃からずっと樋口のこと可愛いなって思ってて」 入学してからもう六ヶ月以上は経ったか、なんてことを思い出す。 この六ヶ月の間にも、いったい何度あの山を登ったか。 お陰で体力はついた。 この間行われた体育祭での長距離走は、二位に大きく差をつけて勝利したほどに。 山のことも隅々まで調べ、頂上に奇妙な社があることまで知った。 それでも彼は見付からない。 「…俺、樋口のこと好きなんだ。俺と付き合ってほしい」 彼は真っ直ぐに私を見る。 私は俯いた。 実を言うと、こういうことには慣れていた。 私は何度目かの言葉を口にする。
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