翼の人

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  「…ごめんなさい」 「…理由、聞いてもいいか?」 「…好きな人がいるの」 幼い頃からずっと、あの人だけに恋をしていた。 諦める、などという選択肢はない。 私は年老いてもなお、あの人だけを好きでいる自信があった。 山に囲まれた田舎で、出会いが少ないせいかもしれない。 都会に行けば忘れてしまうかもしれない。 それでも、私は。 「…そいつは脈ありなのか?っていうかその、相手が誰だか聞いてもいいか?」 「…ごめんなさい。…本当にごめんなさい。私、用事があるからもう行くね。じゃあ、また月曜に」 私は慌ててその場を離れる。 酷いことを言うかもしれないが、断られてもなおあれこれ聞いてくるのは女々しいと思う。 私は気疲れを感じ、溜め息をついた。 もう季節は秋なので、夏より山にいられる時間が少ない。 私はあの人羽根を胸に、山を目指して走っていった。 茂みを掻き分け、山を登る。 辺りを見回しながら、あの日落ちた崖を覗いた。 しかし、誰もいない。 私は頂上を目指して登る。 「…夜。夜。どこなの?お願い、出て来て…私よ、佐奈よ。会いたい…会いたいよ…」 会いたい。 夜に会いたい。 あの日からずっとずっと恋い焦がれる貴方に会いたい。 私は少し息を整えるため、木にもたれた。 夕日が赤く、町を照らす。 今日の夕飯はなんだろうか。 私は何気なくポケットから携帯電話を取り出した。 山の中なので今は圏外だが、山に入る前に届いていた未読メールを開いた。
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