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ルーズリーフを鞄にしまい込み、悟樹は事務所を出た。
携帯電話で時刻を確認すると、22時。
「……ちょっと急ぐか」
ブーツの足音が、静かな夜道にただ響く。
近道をしようと、ビルの間の小道に入ると、月明かりが悟樹を静かに照らし出した。
「……あ」
不意に何かを思い出し、悟樹は鞄をまさぐる。
クリアファイルに挟んだ楽譜を引っ張り出し、その曲名を見て灰色の目を細めた。
『月明かり』。
由宇の落としていった、クラッシャーズのバラード。
「…………」
暫く、悟樹は無言で楽譜を眺めていた。
月明かりの中、白い紙の上に浮かび上がる黒字の歌詞と音符の群れ。
「……届けるかな、明日」
いかなる理由があろうとも、男子は女子寮に入れない。
悟樹は間違いなく男子なので、お邪魔する訳にはいかないのだ。
こつっ、こつっ。
ブーツの足音が、暗闇に響く。
こつっ、こつっ。
無音の世界。
こつっ、こつっ。
規則正しく、足音は響く。
こつっ、こつっ、こつっ。
「誰か、そこにいますね?」
そう、やや大きめの声で悟樹は言った。
「よく気づいたよね」
悟樹の声に呼応して、闇の中から影が現れた。
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