73人が本棚に入れています
本棚に追加
竹刀を取った柚音は、多津彦の正面に立った。
多津彦の前に立った彼女は、袴に身を包み、髪を頭の高い位置でひとつにまとめていた。
まとめられた髪の毛先が、うなじの辺りで揺れている。
竹刀を正眼に構えると、切っ先を多津彦へ向けた。
多津彦も柚音へ切っ先を向ける。二人の間の空気が変わる。
「始め!」
師範の短いが威厳のある声音で、試合の開始を告げる。
だが二人はまったく動かず、互いに攻める隙を伺っている。
ほんのわずかな動きも見逃さないよう、ひたすら相手を見据える。
しばしその状態が続いていたが、柚音が小刻みに切っ先を揺らして相手の切っ先を叩き、誘いをかける。
それに対して多津彦は、相手をすることなく、じっと柚音を注視するのみ。
ぱしりと竹同士のぶつかる乾いた音が道場内に響いては、静寂(しじま)に溶けて消えていく。
師範はその様子を静かに見つめる。
誘いをかけ続けながら、柚音が右足を半歩下げ、ほんの僅かに腰を落とした。
右足に力を入れ、機先を制すべく踏み込もうとした瞬間──
ぱんっ
破裂音が場の空気を打ち破り、響き渡った。
最初のコメントを投稿しよう!