壬生狼、駆ける

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窓から下を覗いてみると、優に三十人を越える力士が、店の前に集結していた。 その手には八角棒や角材などの得物が握られている。 殺気を漂わせた彼らの目は、柚音たちのいる二階の窓に向けられていた。 芹沢が顔を出すと、先頭に立っている力士が怒鳴り散らした。 「てめぇら!よくもうちのもんをやってくれたな!部屋のもん総出で礼参りに来てやったぞ!さっさと下りて来やがれ!!」 その言葉に呼応して、力士たちが蛮声を上げ、挑発するように得物を振り回す。 それが一階の客引きの格子窓に当たり、木片が散らばった。 遊女たちの悲鳴が上がる。 ──このままじゃ、お店の人たちに迷惑がかかっちゃう。 でもあんなにたくさんのお相撲さん、どうしたら…… 「あの剣幕じゃ、話を聞いてくれそうにないし……」 柚音は力士たちを見下ろしながら考える。 そのつぶやきを聞いた原田が、不満をあらわにした顔を柚音に向けた。 「話だぁ?何甘っちょろいこと言ってんだよ。売られた喧嘩は拳で買う。でなきゃ男が廃るってもんだ。」 原田は指の骨をぱきぱきと鳴らした。 誰から相手をしてやろうかと、身を乗り出して力士を品定めし始める。 「心配すんな。あんな奴ら、ちゃちゃっと片づけてやらぁ!」 不安そうな顔をする柚音の肩を、元気づけるように永倉が叩いた。 その腕を見れば、肘の辺りまで両袖をまくっており、早くも臨戦態勢に入っている。 島田も両袖をまくり、四股を踏んで準備をしていた。 いくら腕に覚えがあるといえども、頭に血が上った大勢の力士を相手にするのは不利だ。 三人を止めてくれはしないかと、柚音は希望を込めて山南のほうを見た。 「ここに乗り込まれては、店に迷惑がかかる。外に出よう。」 しかし山南の一言で、柚音の希望はあっさりと打ち砕かれた。 「くくっ。身の程知らずの肉団子共に、我らの恐ろしさを思い知らせてやらねばのう。」 芹沢は口元に笑みを浮かべると、盃に残っていた酒を飲み干した。 すっと立ち上がり、鉄扇をばさりと広げた。 「全員外へ出ろ!不逞力士の取り締まりだ!!」 「さぁ、柚音さん!早く行きましょう!」 芹沢の号令が出るや否や、沖田は嬉々として柚音の手首をつかんで、真っ先に階段へと走った。 「えっ、沖田さんっ!?」 抵抗する間もなく、柚音は引っ張られる。 「沖田君!?危険だから速水君はここに……」 制止する山南の声が、あっという間に遠ざかった。
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