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「我らの恐ろしさ、その身にとくと味あわせてやったのだ。二度と壬生浪士組に逆らおうなどという、愚かな考えは持つまい。」
芹沢は倒れ伏す力士たちを見下ろし、満足そうに言った。
「ずいぶん呆気ないですねぇ。」
鞘ごと抜いた刀を下げ帯に戻し、沖田がつまらなそうにつぶやいた。
「ひいふうみい……俺の勝ちだな!新八、今度何か奢れよ!」
「はぁ?何言ってやがんだ、どう見たって俺の勝ちに決まってんじゃねぇか!」
原田と永倉は、さっきの勝負の結果について意見の相違があるらしい。
それぞれ、自分が伸した力士を数えている。
「さすがにこれだけの人数を、放置するわけにはいかない。医者の手配を頼んできます。」
そう言って山南が店に走って行く後を、島田がついて行った。
柚音は改めて、力士たちを見回した。
白目をむいている者、竹藪に上半身を突っ込んだ状態の者、何故か打ち水用の桶を頭から被って倒れている者……
店の前は竜巻が通り過ぎたような有様だった。
──たった六人で、三十人以上の力士を倒しちゃうなんて……
さすがは幹部を務めるだけのことはある。皆、技量は随一だ。
しかも芹沢に至っては酒が入っていたはずだが、その太刀筋にぶれはなく正確だった。
柚音には永倉たちのように、手加減ができるほどの剣の技量はない。
また相手を気絶させられるほどの腕力もない。
だからなるべく怪我をさせないように、急所を狙って力士を怯ませることしかできなかった。
そして最初は、力士の殺気に呑まれてしまっていた。
──正直言って、ちょっと足が竦んじゃってた。
やられないように無我夢中だったけど……
実戦の経験は、今日が初めてだった。
経験も技量も、まだまだ彼らの足元にも及ばない。
──これからこんな修羅場を、何度も経験するだろうな。
京市中取り締まりもこんな感じなのだろうかと想像していると、誰かが柚音の右肩を叩いた。
そちらに顔を向けると、頬を人差し指でむにゅっとつつかれた。
「初の実戦にしちゃ、まずまずだったぜ。」
いつの間にか、永倉がそばに立っていた。
「今回は角材だったけどよ、巡察に出た時は真剣相手だ。不用意に背中を向けようもんなら、命はねぇぜ。」
柚音の心を読んだかのように、笑みを浮かべながらさらりと永倉が忠告をした。
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