壬生狼、駆ける

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「すまない。止めるよりも早く、沖田くんが彼女を引っ張って行ってしまってね……」 山南の言葉を聞いて、土方は沖田を睨みつけた。 「総司!てめぇ女を乱闘に引き入れるなんざ、何考えてやがんだ!」 「力士と乱闘する機会なんて、そうそうないんですよ?柚音さんだけ仲間外れにするなんて、かわいそうじゃないですか。」 にこにこと嬉しそうに話す沖田に、土方は閉口する。 「かわいそうなのはこっちだ……余計な仕事増やしやがって。」 土方は右手をこめかみに当て、溜め息まじりに言った。 「事情はわかった。皆、戻ってくれて構わない。」 近藤の解散指示で、山南以外は部屋を後にした。 「会津公お預かりと知っての狼藉ということで奉行所に届け出るつもり、か……」 部屋に戻る途中、柚音は土方の言葉を思い出していた。 ──むしろ私たちのほうが狼藉を働いたよね。今思えば、不逞浪士と変わらないよ。 それなのに、完全にあちらに非があるとして届け出ることに、山南と同じく柚音も抵抗を覚えていた。 「納得がいかない、という顔をしているな。」 後ろから声がして振り返ると、斎藤が静かにこちらを見ていた。 「斎藤さん……」 副長の判断に不満を抱いているのを見咎められたと思い、柚音は二の句を継げられずにいた。 「確かに道を塞いだ丸腰の相手を斬ったのはこちらだ。しかし原田さんも言っていたが、先に因縁をつけてきたのはあちらだ。それはおまえもわかっているだろう?」 叱られるかと思いきや、子供に言い聞かせるような声音だった。 「それはわかってますけど……」 理屈ではわかっている。 しかし感情はそれについていけないのだ。 柚音は言葉を濁す。 斎藤は話を続けながら、柚音に歩み寄る。 「因縁をつければ、争いに発展する可能性があるのはわかりきっていること。それでもやるということは、怪我をしても構わない、ということだ。その覚悟がないのなら、始めからやるべきではない。おまえも覚えておくことだ。」 「……」 斎藤は返事を促すように柚音へ視線を注ぐ。 二人で話をしているのに気づいた永倉が、こちらに戻って来た。 「ハジメ。おめぇが女を気にかけるなんざ、珍しいじゃねぇか。」 「……船酔いの対処法の礼です。」 それだけ言うと斎藤は行ってしまった。
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