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「お疲れ様です、藤堂さん。」
うなだれる藤堂に、後ろから声がかかった。
「島田さんもお疲れ様。あれ、これからどこか行くの?もう夕刻だよ?」
振り返った藤堂は、小首をかしげた。
島田の手に、書状が握られていたからだ。
「ええ、奉行所へ届け出に行ってきます。」
「……大変だね。」
藤堂の言葉に、島田は苦笑いをする。
「それでは、いってきます。」
暖簾をくぐる島田の背中を二人で見送る。
「そういえば、当の芹沢さんは?」
島田が見えなくなると、思い出したように藤堂が聞いてきた。
「新見さんと一緒に、奥の部屋に行ったきりですね。」
柚音は芹沢の部屋があるほうを見遣りながら言った。
「奉行所沙汰になってるっていうのに、また酒を飲んでるのかな。」
藤堂がそう言った途端。
がしゃぁんっ
膳が派手にひっくり返る音が耳を突いた。
ばりっ
障子の破れる音と、芹沢の怒鳴り声がそれに続いた。
「……噂をすれば影、ってやつかな。」
藤堂が溜息混じりにつぶやいた。
柚音も片手を額に当てながら、内心溜息をついた。
──ああ、早くも本日三度目の騒動が起こっちゃった……
二人が奥の部屋に行ってみると、
「ええい!尽忠報国の志の高い我々に、このような安酒を出すとは何たる無礼!」
据わった目に赤ら顔の新見が、年若い女中にわめき散らしていた。
「あ~あ、新見さんまで酔っぱらってるし……」
「……またやりやがったのか。」
二人の後ろに、仁王立ちの土方が立っていた。
怒りが爆発しそうなのを堪えているのか、口元はぴくぴくと引きつっている。
柚音と藤堂は両側にさっと分かれ、大股でずんずん進んでくる土方に道を開けた。
──土方さんが全開で不機嫌を撒き散らしてる。
しばらくは不用意に近づかないようにしよう。
大坂に来てまだ一日目なのに、土方のイライラは頂点に達していた。
隊士たちは大坂にいる間、芹沢と土方の両方にびくびくする羽目になったのだった。
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