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壬生浪士組の朝は早い。
明け六つ(午前6時頃)に起床し、朝稽古から始まる。
そして朝食を摂った後、発表された本日の勤務割を確認する。
ある者は非番で町に繰り出し、ある者は巡察でその準備にとりかかる。
「速水さん、この書類の束を副長に渡して来てもらえますか。」
しかし柚音は大阪から戻ってから、ずっと書類の整理などの事務的な手伝いが割り振られていた。
河合の指示で勘定方の書類を抱え、柚音は今日も屯所内をひた走る。
土方の部屋に向かっていると、五十前後の男とすれ違った。
この屋敷の主・八木源之丞(やぎげんのじょう)だった。
「おはようございます、源之丞さん。」
「速水はん、おはようさん。」
源之丞は笑みを浮かべて、柚音に挨拶を返した。
「今日も河合はんの手伝いみたいやな。朝からご苦労さんやなぁ。」
源之丞は書類の束に目を留め、柚音にさらに声をかけた。
「いいえ、大したことはしてませんから。何かお手伝いできることがあれば、源之丞さんもいつでも仰ってくださいね。」
「おおきに。せやけどあまり気張りすぎんように。」
柚音は会釈をしてその場を後にする。
その後ろ姿を見送ると、源之丞は笑顔を困惑の表情に変え、溜息をついてつぶやいた。
「あない若い娘はんを隊士やいうてこき使うやなんて……江戸のもんは何を考えてるんや。」
隊士たちが自由に歩き回っているが、ここは源之丞の家だ。
源之丞の一家と壬生浪士組の隊士が、ひとつ屋根の下に住んでいるのである。
そのため、隊士たちの様子はよく目にしていた。
「この間の大阪の力士との刃傷沙汰にも、巻き込まれとったみたいやし……」
先日の乱闘騒ぎも、京市中の噂として、源之丞の耳に届いていた。
「……気にかけたらなあかんな。嫁入り前の身に、何かあったら一大事や。」
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