二つの足音

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源之丞がそんな事を考えているとは思いもせず、柚音は土方の部屋の前に到着した。 「土方さん、速水です。」 「……入れ。」 部屋に入ると、文机に向かっていた土方が振り返ってこちらに顔を向けた。 「勘定方からの書類です。」 土方は無言でそれを受け取ると、さっそくざっと目を通す。 文字に沿って視線が動き、ぺらりと書類をめくっていく。 ある部分に目を留めると、土方の眉間に深い皺が刻まれた。 朱色の墨で書類にさらさらと何かを書き付けると、それを柚音に突き出した。 「河合に渡せ。」 柚音はその書類を受け取るが、立ち去ろうとする素振りを見せなかった。 土方をちらりと見て、何かを言いたそうに口を開いては、ためらって口を閉じるを繰り返している。 「……何だ?言いたいことがあるならさっさと言え。」 土方は苛立ちを含んだ声で言葉を促す。 「い、いえ。何でもありませんっ。失礼しますっ。」 その声音に身を竦ませ、柚音は慌てて部屋を後にした。 「はぁ……聞けなかった。」 土方の部屋から少し離れた廊下で立ち止まり、柚音は大きな溜息をついた。 ──私が巡察に出られるのっていつなんだろ。 新入りなのだから、雑用を言いつけられるのは至極当然といえる。 だが柚音と同時期に入った隊士は毎日巡察に出て、京市中を走り回っている。 自分だけが屯所内を走り回っているという状態に、柚音は焦りを覚えていた。 「おや、速水君。」 顔を上げると、井上が立っていた。 「あ、井上さん……あれ、そちらの方たちは?」 井上の後ろで、どこかの手代と奉公人らしい二人が大きな風呂敷包みを背負っているのが目に入ったのだ。 「この人たちは呉服屋の大丸屋さんだよ。注文していた物を持って来てくれたんだ。」 大丸屋の二人が柚音に会釈をした。 「そうだ。これから出来上がった物を見るんだが、君も一緒においで。」 「えっ、井上さんの着物を見てもいいんですか?」 柚音の驚く様子に、井上が微笑ましそうに笑った。 「はははっ、わしが着道楽に見えるのかい?これはわしのじゃないよ。」 「じゃあ、一体誰が着るんですか?」 柚音は中身を見透かそうとするように、じっと風呂敷包みを見つめる。 「それは見てのお楽しみだよ。」 井上は手招きをして先に歩き出した。
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