二つの足音

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井上を先頭に広間に入ると、すでに先客がいた。 「おお、やっと来たか!」 柚音たちを見るや否や、近藤が待ちかねた様子で立ち上がった。 「さあ、早く見せてくれ!」 もどかしいと言わんばかりに、近藤は大丸屋の二人の背から風呂敷包みを下ろそうとする。 「近藤さん。着物は逃げやしないんだから、そう急かさないであげてくれないかい。」 井上が近藤を肩に手を乗せてなだめる。 「おお、そうだな。すまない。」 照れ臭そうに頭を掻いて、近藤は二人から離れた。 大丸屋の二人がさっそく風呂敷包みを下ろし、結び目を解き始めた。 「近藤さん、興奮されていますね。」 柚音は子供のように身を乗り出して覗き込む近藤の姿に少し驚きながら言った。 「意匠にかなりこだわっていたからね。それが形になって嬉しいんだよ。」 井上は近藤の喜ぶ姿が嬉しいようで、彼の顔を見ながら口元を綻ばせている。 そうしている間に、風呂敷がはらりと解け、包まれていた物が姿を現した。 手代が丁重に手に取り、持参した衣紋掛けに掛けた。 「おおっ!」 近藤が歓声を上げる。 風呂敷包みから出てきたのは、羽織だった。 刀を差しやすいように、背中の下半分を縫い合わせていない打裂羽織(ぶっさきばおり)になっていた。 近藤がこだわったという意匠は、裾と袖にぎざぎざと山形に染め抜いた白いだんだら模様。 そして地の色が浅葱色(やや濃い水色)、という人目を引くものだった。 「近藤様、袖を通してみてくださいませ。」 手代が衣紋掛けから羽織を外し、近藤に羽織らせた。 近藤は両腕を広げた状態で羽織を見下ろし、そのまま視線を背中へ移して入念に仕上がりを確認する。 「うむ、仕上がりも申し分ない。さすがは大丸屋だ。」 近藤は満足気に何度も頷いた。 かなり気に入ったようで、その場でくるりと回ったりしている。 「ありがとうございます。気に入っていただけて何よりでございます。」 手代と奉公人が頭を下げた。 「芹沢さんも気に入るに違いない!」 芹沢の名前が出てきて、柚音は首を傾げた。 「え?近藤さんの私物だと思っていたんですが、違うんですか?」 近藤の喜びようから、柚音は彼の私物だと思い込んでしまっていた。 きょとんとする柚音を見て、近藤と井上が笑った。 「何を言ってるんだ、速水君。芹沢さんだけではなく、源さんやトシに総司……それに君も着るんだぞ。」
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