二つの足音

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「えっ、私もですか?」 よく見てみると、風呂敷にはまったく同じ羽織が数十枚と包まれていた。幹部だけではなく、隊士全員に行き届きそうな数だ。 「そうだ。この羽織は我ら壬生浪士組の隊服なのだよ!」 ――これを着て市中に出るの?ものすごく目立つけど…… 羽織を見た時は鮮やかで綺麗な色だと思ったのだが、かなり人目を引く色と意匠だけにいざ自分が着るとなると躊躇して返事に困ってしまう。 しかも浅葱色は、田舎から出てきた武士が浅葱裏(裏地が浅葱色)の羽織を着ている者が多かったことから、田舎者や野暮を表す表現として使われることもあった。 この羽織を着て巡察に出ることは、自分たちは田舎者だと喧伝して回って歩くようなものだからなおさらだった。 「そうだ、近藤さん。速水君はこの羽織の由来を知らないはずだ。説明してあげてはどうだい?」 柚音の表情から心中を察した様子の井上が、助け舟を出すように近藤に話を振った。 「おお、そうだな。」 近藤は改まって咳払いをすると、よく見えるようにと柚音の目の前に羽織を広げた。 「この羽織は『忠臣蔵』の赤穂義士の羽織を模してある。主君に対し忠義を尽くした彼らの姿勢を見習っているのだ。」 柚音の脳裏に歌舞伎の演目『仮名手本忠臣蔵』で、一番有名な討入りの場面が浮かんだ。 「でも、羽織の色は浅葱色ではなかったですよね?」 確かそこに出てくる揃いの羽織は、黒地に白のだんだら模様だったはずだ。 柚音の疑問を待っていたとばかりに、近藤が勿体ぶるように口を開いた。 「よくぞ聞いてくれた!この浅葱色は、武士が切腹の際に着る切腹裃の色だ。この色を纏うことで、常に死を覚悟して任務に臨む決意を表している。この羽織を着る限りは、君も赤穂義士と浅葱色に恥じぬよう、常に志高く任務にあたってもらいたいのだ!」 「は、はい……」 最後のほうはぐっと拳を握って近藤は力説する。その並々ならぬ熱意について行けずに柚音は閉口してしまう。 ふいに井上が何かを思い出したように手を打った。 「速水君の入隊が決まる前に注文したものだから、寸法が合うかどうかが心配だね。」 井上が大小ある羽織の中から、柚音に合いそうな寸法の物を探し出して柚音の身体に当てた。 「小柄な隊士用に作ったこれが一番小さいものなんだが、これでも少し大きいかもしれんなぁ。」
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