二つの足音

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「多少の寸法違いは、致し方あるまい。」 近藤は井上の手から羽織を取ると、柚音に差し出した。 「巡察に行く時は、これを羽織って行くんだぞ。」 それを聞いて柚音は思わず目を伏せてしまった。 いまだに巡察に出る機会のない自分は、いつこれを着られるかはわからない。そう思ったら羽織を受け取るのに何だか引け目を感じてしまう。 いつまでも受け取る様子のない柚音に、近藤が不思議そうな顔をした。 「うん?どうかしたのか?」 「あ、いいえ。何でもないです。」 柚音は我に返り、少し沈んでしまった気持ちを振り払うように小さく首を振った。 手を伸ばして羽織を受け取った。ふと近藤が何かを思い出したように手を叩いた。 「そう言えば、君は非番かい?」 「今日は勘定方のお手伝いなんです。土方さんから預かった書類を持って戻る途中だったんですよ。」 「そうか。勘定方は細かい仕事で肩が凝るだろう。どうもわしはそういうのが苦手でなぁ。」 近藤はばつが悪そうな顔をして、恥ずかしそうに頬を掻く。 「仕事が終わったら京の町を散策するといい。目新しいものがたくさんあっていい息抜きになる。そして何より地理に明るくなる。巡察の時にも役立つぞ。」 近藤の口から巡察という言葉が出て、さきほど土方の部屋で飲み込んだ言葉が喉元まで上がってきた。 ――でも近藤さんは勤務割には関わっていないみたいだし…… 口ぶりからすると、近藤は柚音が巡察に出ていないことを知らないようだ。 それに局長にそんなことを聞くのも、何だか申し訳ないような気がしたので、柚音は再び言葉を飲み込んだ。 「はい。巡察経路を辿りながら歩いてみます。そのほうが道も早く覚えられると思うので。」 その代わりに近藤の提案に賛成の返事をした。 「うむ、頑張るんだぞ。」 柚音の返事に気を良くした近藤が、柚音の肩をぽんと叩いた。それを見ていた井上が苦笑した。 「近藤さん、散策は頑張る必要のないものだよ。休みの時くらい、好きなところを回らせてやってくれないかい。」 聞き捨てならないと言いたげに、近藤の眉が上がった。 「しかし、我らは会津公預かりとしてだな……」 言い募ってくる近藤を手で制しながら、井上は柚音に声をかける。 「さぁ、速水君。河合君が君の持ってる書類を待ってるんだろう?そろそろ戻ったほうがいい。」 「あっ、はいっ。」 柚音は慌てて広間を後にした。
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