二つの足音

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柚音は河合の元に戻りながら、改めて羽織を見直してみた。 ――やっぱり見れば見るほど、目立つ色だなぁ。 「おっ、何持ってんだ?」 ふいに中庭のほうから声がした。 そちらのほうに目を遣ってみると、晴れているにも関わらず何故か水を滴らせた原田が立っていた。 「あれ、原田さん。どうし……」 髪から落ちる謎の雫を何となく目で追ってみて、柚音は絶句してしまった。かと思えばすぐに、顔がゆでだこのように真っ赤になった。 慌ててあらぬ方向に視線を逸らすと、手にしている羽織をぎゅっと握り締めてわなわなと肩を震わせる。 「なっ、何やってるんですか原田さんっ!こんなところでっ!」 柚音はうわずった声で原田を怒鳴った。 原田は井戸のそばで褌(ふんどし)一丁になっていたのだ。 いくら男に混ざって剣術をやっているとはいえ、稽古後の着替えまで一緒にやっているはずはない。 男の裸に対する免疫はないのだ。どう対応したものか困ってしまい、目のやり場にも困って視線を右へ左へ泳がせる。 「あ?何って水浴びに決まってんだろうが。こう暑くちゃ水浴びでもしねぇとやってられねぇぜ。」 しかし原田はそんな柚音にお構いなく、あっけらかんと答える。 京は東、西、北の三方を山に囲まれた盆地になっている。そのため風が通りにくく、熱がたまってしまうので夏は蒸し暑い。 七月に入ったばかりとはいえ、じっとりと纏わりつくような暑さには柚音も困っていた。 ――だからって、人通りの多い中庭でやらなくたっていいじゃないっ! そう言おうと原田のほうを向くが、視界に彼の姿が入った途端にさっと顔を背ける。 「お前もやるか?気持ちいいぜ~。」 原田は勢いよく水をかぶり、犬がやるようにぶるぶるっと頭を振って雫を振り払う。 半分くらい水の入った桶を柚音のほうに向けて誘う。 「やりませんっ!」 勢いよく原田に背を向けて全力で拒否をする。 原田は少し不満そうに鼻を鳴らしてつぶやく。 「何一人でかっかしてんだよ……あ、手拭い忘れちまった。速水、手拭い貸してくれよ!」 じゃりっと土を踏む音がして、原田が近づいてくる気配を背中に感じる。 ――って、そんな格好でこっちに来ないでよっ!! 柚音はすぐ近くの部屋に駆け込み、壊れるかと思うくらいの勢いで障子を閉めた。 だがほっとしたのも束の間、障子越しに影が差した。
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