二つの足音

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速水を引っ張り出すのを手伝ってくれと捲し立てる原田に返事もせず、源之丞は唖然とした顔をして原田をじっと見ている。 「原田はん・・・その格好で、速水はんに声をかけはったんか?」 「おう!ったりめーだ!」 おそるおそる尋ねる源之丞に対して、原田は鼻息荒く自信満々に答える。 それを聞いた源之丞はぐっと拳を握ると、大きく息を吸った。 「何を考えてますのんやっ!!」 こめかみに青筋を浮かべ、顔を真っ赤にして原田を怒鳴りつけた。 普段はにこにこと愛想がよく、物腰も柔らかい源之丞がこれほど怒りを露わにしたのは初めてだった。その彼に突然怒鳴られた原田は、絶句してただただ目を丸くする。 柚音も何事かと心張棒を外して顔を出し、源之丞と原田を交互に見る。 「そんな格好で声をかけられたら、速水はんがびっくりするに決まってますやないか!」 「はぁ?こんなの普通じゃねーか。何が驚くってんだよ……って、もしかしてこれの所為か!?」 不思議そうに自分の身体を見回していた原田が、不意に大きな声を出した。 柚音が目を向けてみると原田が自分の腹に触れていた。 さっきは気がつかなかったが、いつも巻いてある晒しが外されており、初めて見た彼の腹には大きな真一文字の傷が走っていた。 ――うわぁ、大きな傷! 彼の裸を恥ずかしがっていたことも忘れ、思わずまじまじと見つめてしまう。 視線に気づいた原田と目が合ってしまい、途端に恥ずかしさがぶり返して顔が熱くなった。 「そうかそうか……確かにこれは女子供にゃ刺激が強すぎるわな。」 柚音の反応を見た原田は、なぜだか嬉しそうに頷きながら腹の傷を撫でた。 源之丞は一人頷く原田に毒気を抜かれた様子で溜息をもらした。 「腹の傷に照れてるんと違います。速水はんはおなごや。裸の男に声かけられたりしたら、びっくりして隠れるのは当たり前や。」 「裸の男に驚くだぁ?吉原の姐ちゃんにゃ、そんな反応されたことねぇぞ。」 原田はむっと眉根を寄せ、江戸の色街・吉原の花魁(おいらん)たちを引き合いに出して反論してくる。 いくら無骨な東国者とはいえ、野暮にもほどがある。 まだわかっていない原田の言動に源之丞は呆れ返り、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じていた。 「男慣れした廓(くるわ)のおなごと十七のおなごを一緒にしいな!はようなんか羽織りなはれっ!」
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