二つの足音

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「ん?何だか騒がしいようだが……」 源之丞の怒鳴り声がかすかに耳に届き、近藤は顔を上げた。源之丞が怒鳴っているということが気になり、様子を見に行こうと片膝を立てた。 「どうせ原田辺りが何かやらかしやがったんだろ。ほっときゃいい。」 それを視界の端にとらえた土方が止める。土方の耳にもさっきの声は届いているはずだが、まったく気にする風もなく、近藤が持ってきた浅葱色の羽織を検分している。 「むっ……そうか?」 土方がこの様子なら心配は無用と思い直し、近藤は立てた片膝を戻して座り直した。 土方のほうへ向き直ると、両手を袂に入れながら気になっていたことを切り出した。 「ところでトシ。最近の新入隊士たちの様子はどうだ?」 土方は羽織から視線を戻し、右手を顎に添えてしばらく考える様子を見せた。 考えをまとめようとするように、視線を下に向けて畳の一点を見つめると顔を上げた。 「そうだな……三十人いて実戦でまともに使えそうな奴は七、八人てとこだ。太平の世が長かった所為か、四角四面の道場剣術は免許皆伝でも、規則無用の実戦となるとからっきしの野郎が意外と多くてよ。」 土方は当初の予想より悪い結果を振り払おうとするように、軽く頭(かぶり)を振りながら溜息をついた。 近藤も困惑気味に眉尻を下げる。 「七、八人とは思っていたよりも少ないな。早急に手を打たんとな……それで速水君はどうだ?」 柚音の名前を聞いた途端、土方は少々忌々しそうに眉間にしわを寄せた。近藤に向けている視線も心なしか険を含んだものに変わった。 しばし間をおいて静かに口を開いた。 「……あいつは巡察に出しちゃいねぇぜ。」 答えた声音はさっきより低くなっており、不機嫌になったのは明らかだった。しかし近藤はさらに問いただす。 「巡察に出していないだと?実戦のほうは先日の乱闘騒ぎの一件で、問題なかったではないか。あれからもう半月は経つぞ。」 土方の眉間のしわの深さが増した。 自分を落ち着かせるように茶を一口すすると、土方は子供に言い聞かせるようなゆっくりとした口調になった。 「近藤さん、俺たちは抜き身の刀を相手にするんだぜ?棒きれ振り回す力士を相手にしたぐらいで、あいつは実戦に問題ないなんて考えねぇでくれ。それどころか芹沢さんがあいつを挑発材料にして、火に油を注いだじゃねぇか。女がいちゃ無用な問題が起きるんだ。」
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