二つの足音

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彼女の入隊の是非を問うた時のような頑(かたく)なな態度に、近藤は内心眉をひそめる。 「だがそれは速水君の所為ではなかろう。」 正論をついてみると、土方はきっと近藤を睨みつけた。 「本人にその気はなくとも、女がいることで浪士共が調子こいてきやがるんだよ。そんな奴らをいちいち相手にしてるほど、俺たちは暇じゃねぇ。」 これ以上つつくと土方が座を外してしまいそうなので、近藤は一旦落ち着かせようと口を閉ざして静かに茶をすする。 土方も同じように茶をすすり、室内は少々ぎこちない雰囲気になる。 頃合いを見て近藤は口を開いた。 「……巡察で実戦を踏ませてやらんと、速水君の実力もわからんし成長もせんぞ。」 「だがなっ……」 「己の生まれ持った出自や性別を理由に、その可能性と志を摘んでしまうのはかわいそうだ。あのような思いはわしだけで十分だ。」 近藤の声音にはしみじみとした哀愁がこもっていた。 江戸にいた頃、近藤は試衛館(しえいかん)という道場の主だった。そしてその実力を認められ、 幕府の武芸訓練機関である講武所の教授方に内定した。しかしその後、先代道場主の養子で元は農民の出だということを理由に内定を取り消されて涙を呑んだ。 あのような思いとはその時のことを指しているのだろう。 土方は己の失言に内心舌打ちをした。 「……壬生浪士組はまだ不安定だ。今が大事な時期なんだよ。」 土方は絞り出すようにそれだけを言った。壬生浪士組を思ってのことだということは近藤もわかっていた。 「ああ、お前の気持ちはわかってるさ。あの娘が無用ないざこざに巻き込まれんように、巡察から遠ざけていることもな。」 口では柚音を疎んじているようなことを言っているが、本心では彼女の身を案じているのをさっきの土方の言葉の裏から感じ取っていたのだ。 「……別にあいつを心配してるわけじゃねぇ。俺は壬生浪士組が舐められるのが気に入らねぇんだよ!」 土方は肯定する代わりに語尾を荒げると、空になっている湯飲みをあおった。 湯飲みを荒っぽく固い音が響くと、土方は眉間にしわを寄せつつ口を開いた。 「速水の話は置いといてだな……芹沢さんたちが町人に対していろいろ無体を働いていることのほうが問題だぜ。」 「むぅ、芹沢さんか……」 芹沢の名前が出てきて、近藤の眉尻が下がった。口元も固く引き結ばれ、困り顔で押し黙ってしまう。
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