二つの足音

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「芹沢さんの所為で壬生浪士組全体がいらぬ評判をもらってるんだ。最近じゃ、近江水口藩の公用人まで声高に俺たちを批判してる有様だ。おまけにその和解の宴席で暴れて、勝手に営業停止処分なんざ出しやがるしよ。」 公用人とは江戸と京に設置された各藩の出張所である藩邸に詰め、幕府や各藩と連絡折衝を行う者のことである。言わば江戸や京における各藩の代表と言える者だ。 水口藩は二万五千石の小藩とはいえ、公用人の口から悪評が立つのは、今後の活動に支障をきたす恐れがある。 そこで和解の席を設けたのだが、そこで芹沢は店の扱いが気に入らぬと大暴れしたうえ、店に対し七日間の営業停止処分を勝手に出したのだ。 「このまま奴らを野放しにしちゃ、俺たちを預かってくださっている容保公の立場だって悪くなる。いつまでも捨て置くわけにはいかねぇ。」 少々剣呑な響きを含んだ言葉を放った土方に、近藤は驚きの表情を浮かべて彼の顔を見た。 「芹沢さんは我らと志を同じくする者。話し合えば……」 あくまで対話姿勢の言葉をはねのけるように土方は右手を振ると、心中を覗くかのようにひたと近藤の目を見た。 「今まで芹沢さんが話し合いにまともに応じたことがあったか?こっちが下手に出て、あいつらをつけあがらせただけだ。あんただって本庄宿で嫌というほどそれを味わっただろう。」 浪士組として上洛する道中、宿割りを担当していた近藤は、芹沢一派の宿の手配を失念したことがある。 それに激怒した芹沢が野宿と称して大きな篝火(かがりび)を焚いたのだ。 近藤の謝罪や宿場の役人の説得にも耳を貸さず、さらに浪士組の一番隊隊長への配属を要求するなど傍若無人な振る舞いをし、大騒ぎになったのだ。 「むぅっ……」 明確な例を出されたうえ、己の失態まで思い出し近藤は再び押し黙ってしまう。土方はさらに言い募る。 「それもこれも、芹沢さんが筆頭局長としてでかい顔してやがるからだ。事あるごとに筆頭局長を持ち出されて、舟涼みに行かれて問題起こされちゃたまったもんじゃねぇ。」 舟涼みを諌めた際に、筆頭局長の立場を盾に言い包められたことを根に持っているようだ。さらに眉間の皺が深くなる。
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