二つの足音

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「そもそも芹沢さんを筆頭局長に据えたのは、芹沢派と俺たちの力の均衡を取るために暫定的に決めたにすぎない。いつまでも居座られるいわれはねぇ。俺たちが……いや近藤さんが壬生浪士組を率いなきゃならねぇ。」 それはすなわち芹沢の排除を意味する。 しかし芹沢たちが素直に応じるはずがないのは火を見るより明らかだ。穏便に済むとは到底考えられない。 近藤はしばし目を閉じて考え込んでいた。そして意を決したかのように大きく息を吸い、土方の目を見据える。 「わしは誰かを排してまで人の上に立とうとは思っておらん。芹沢さんはわしよりも人を率いる能力があり、尽忠報国の志も厚い。芹沢さんが筆頭局長なのは当然だ。」 憂いを帯びた口調で予想していた答えが返ってきた。その答えに至った理由も予想がつく。 土方はずいと身を乗り出し、近藤の肩をつかんだ。 「あんたは優しすぎだ。だが世の中は綺麗事だけじゃやっていけねぇ。俺たちは今、千載一遇の機会を得て京にいるんだ。それを活かすには非情にならなきゃならねぇ時もある。それが今なんだよ!」 理屈だけで世の中を渡っていけないのは、講武所の件で嫌というほど痛感した。だからこそ隊士を募る際の条件を、志と剣の腕がある者としたのだ。 その同じ志のある者を、己の理想のために排除すると非情にはなりきれない。いや、なりたくないのだ。 「……お前の言うとおり、壬生浪士組は今が大事な時期だ。今は派閥争いより、組の基礎を固めることのほうが大事だろう。」 静かだが強い口調で近藤が言い返した。 近藤の肩に置かれた土方の手に力がこもる。 「俺だってそれはよくわかってるさ。だが組の頭が二つもあっちゃ、固まるのも固まらねぇ!いつまで経ってもただの烏合の衆、ならず者の壬生狼のままなんだよ!壬生浪士組をまとめるためには、上層部がまず一つにならなきゃならねぇんだよ!」 思わず声を荒げて説き伏せる土方だが、近藤は無言で静かに首を振る。 その目にてこでも動かないとの意思表示が見え、根負けして小さな溜息をついた。 「……俺たち試衛館の人間は芹沢さんじゃねぇ、あんたの器に惚れて着いてきたんだ。俺たちの大将はあんたしかいねぇ。」 「そう言ってくれるのはありがたい。しかし芹沢さんたちのことはわしら二人だけで議論してよいことではない。いずれ山南さんも交えて話をしよう。」
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