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「おまけに商人得意の口八丁で丸め込めって書いてあったんです。請求金額が大きいし、私は口下手だし……一体どうすれば。」
河合の口からさらに大きな溜息がこぼれた。
このままだとこの溜息が部屋中に積もってしまうんじゃないだろうか。
「そんなに落ち込まないで下さいよ。あっ、そうだ!ついさっき隊服になる羽織が届いたんですよ!」
すっかり沈んでしまった河合の気をそらすべく、もらったばかりの羽織を広げてみせた。
羽織を広げる音に視線を上げてそれを目にした途端、河合はぎょっと目を見開く。
「あ、やっぱり河合さんもこの色が派手だと思います!?」
つかみは成功。内心微笑んで、明るい声で問いかける。
しかし河合はすぐに眉を八の字に下げ、無言でゆるゆると首を横に振ると、文机の引き出しから別の書類を取り出した。
「……その羽織を作るのに両替商から借りたお金の借用書です。これの返済もまだなんですよ。」
「……ちなみに、いくら借りたんですか?」
「百両(約500万円)ですぅ。」
今にも泣き出しそうな声を出して、河合はまたがっくりとうなだれてしまう。
――うわぁ。泣きっ面に蜂というか、藪をつついて蛇を出すというか……
これ以上何かを言えば、こっちが蜂や蛇どころではすまなくなりそうだ。
どうしたものかと考えていると突然障子が開いた。
「河合、いるか!これから街に行くぞ!!おぉ、速水君もいたか!?」
どかどかと足を踏み鳴らして松原が入ってきた。
「ん?河合、何で文机に突っ伏しとるんだ?」
「実はですね……」
柚音がざっくりと経緯を説明すると、松原はばしんと一発河合の背中を叩いた。
清々しいくらいにいい音が響くのと同時に、ぐえっといううめき声が上がる。
「羽織の代金が返せないくらいが何だ!目途が立たんもんは悩んでも仕方なかろう!両替商が何か言ってきたら正直に言えばいいだけのことだ!」
「げほっ……でっ、ですけどっ……」
さっきの張り手で強打した胸を押さえ、涙目でむせながら反論する河合の両肩をがしりとつかみ、松原は鼻息荒く捲し立てる。
「ええいっ!うじうじするな!お前は『戦う勘定方』だろうが!」
――まだこだわってたの、松原さん!?
戦う勘定方の話はとっくに終わっていると思っていたが、松原の中では現在も進行中だったようだ。
気のだろうか、その目に闘志に似た炎が宿ったような気がする。
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