二つの足音

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「戦う勘定方なら、敵を相手にするがごとくの気迫を以って町人と交渉しろ!気迫で町人に負けては壬生浪士組の恥だ!」 つかんだ河合の肩を前後に激しく揺らしながら、松原は鼻が触れそうなくらいの至近距離に顔を近づけて己の主張を熱く述べる。 「そ、そんな気迫で町人に迫ったら、進む話も進みませんって!ただでさえ怖がられてるのに、芹沢局長の件で腫れ物に触るかのような……いひゃいっ!!」 ――あぁっ!?河合さんが舌噛んだ!! 頭ががくがくと揺れる衝撃を乗せた勢いがあるだけに、あれはかなり痛い。河合が涙目になっているのも当然だ。痛みを想像してしまい、思わず眉間にしわが寄ってしまう。 そんな二人の様子になど構うことなく、松原の弁はさらに過熱していく。 「怖がられるのが何だと言うのだ!!気迫と誠意を以って説得しろ!」 「き、気迫と誠意って……そんな無茶なぁ!」 「戦う勘定方が、それくらいできんでどうする!それにお前は高砂では有名な米問屋の出だろうが!町人の心をつかむことくらい造作もなかろう!」 このままだと松原が止まらなくなってしまう。というより河合の身体のほうが心配だ。松原は情に厚い男なのだが、いかんせん熱くなりすぎるのが欠て……玉に疵(きず)だ。 「まっ、松原さん見てください!これがその羽織です!近藤さんこだわりの意匠ですよ!」 柚音はばさばさと羽織を振り、松原の注意を自分のほうに向けさせる。 「ほう!局長のこだわりか!」 あんなに振いまくっていた熱弁が嘘のように、いともあっさりと河合から離れてこちらに寄ってきた。 「なんでも忠臣蔵にあやかっているそうで……」 柚音は話をしながらさりげなく日の差し込む格子窓、部屋の奥側のほうへ移動して行った。 松原は河合に背を向けさせるようにし、河合の姿を彼の視界から完全に外れさせる。 その間も松原は熱心に羽織に見入っている。 「は、速水さん……?」 不思議そうに声をかけてきた河合を、口元に人差し指を立てて静かにさせる。そのまま障子のほうへ目配せをする。 ――河合さん、今のうちです! 河合は小さく頷くと、座ったまま尻を引きずるようにしてじりじりと障子のほうへ後退し始める。 あと少しで後ろ手の河合の手が障子の取っ手に手がかかるというところで 「河合君、いるかい?」 山南の登場により失敗に終わった。
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