二つの足音

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山南の来訪により、手が空いてしまった柚音は道場へと足を向けた。 道場の扉を開けると先に稽古をしていた隊士たちの視線が一斉にこちらに向けられる。それは普通のことだ。 しかし入ってきた人物が柚音だと分かった瞬間、誰何(すいか)する視線が疎ましげなものへと変わり突き刺さってくる。 だがそれに構わず竹刀を手に取り、皆から離れた場所でその視線を断ち切るように素振りを始める。 それを見た隊士たちも稽古を再開し、竹刀のぶつかる音や気合の掛け声が響き始める。 比例するように、徐々に道場内の空気が熱気を帯び始める。しかしその熱気はこちらのほうに届くと瞬時に別のものに変わる。 それは町人たちが壬生浪士組に向けるもの――不快や不審、嫌悪といった感情だ。 それらを斬り捨てようと、手にした竹刀で空気を斬り裂けば斬り裂くほど、それらは両腕や背中にまとわりつき、細かな針がちりちりと刺さるような不愉快さを増長させる。 女の身で剣術をしているのだから好奇の視線を向けられるのは慣れているし、それはもはや仕方のないことだと思っている。 だが疎ましげな視線を向けられ、無言で不快感を露(あら)わにされるのだけは納得がいかない。 ――私が何か邪魔をしてるって言うの!?みんなと同じように稽古しているだけじゃないのっ!! この無言の不快感は日々の朝稽古の際にいつも感じている。しかしそれは指南役の幹部が現れた途端に掻き消えるような程度だった。自主稽古なのをいいことにあからさまに敵意を向けてくるのも腹立たしい。 それに言いたいことがあるなら面と向かって言えばいい。実家の道場の門人たちのように、遠巻きにして様子をうかがってくるのが気に入らない。 剣の稽古を始めた頃は、多津彦も兄弟弟子も普通に接してくれていた。しかし月日が経つにつれて兄弟弟子たちから、今の隊士たちと同じような態度を取られるようになってしまった。 稽古相手を頼んでも応じてくれず、理由を聞いてもはぐらかされてしまうばかりだった。 仕方なく一人で素振りを始めると、彼らが自分のほうを見てはこそこそと何かを話し、時にはせせら笑っていたのを思い出した。 その兄弟弟子の顔を振り下ろした竹刀で掻き消したが、その太刀筋に大きなぶれが生じたのが自分でもわかる。
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