二つの足音

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――雑念に惑わされるな。集中しろっ。 自分に言い聞かせて両手に力を込めて竹刀を握り直す。 大上段に構えて力任せに振り下ろしたが、むやみに大きくなっただけの風切り音が耳を突いた。 続けて二度三度と振ったが太刀筋はぶれるばかりで、定めた地点に切っ先を振り下ろせない。 しばし切っ先を見据えて再び竹刀を振り上げるが、疎ましげな視線に背中を撫で上げられ、集中は一瞬で周囲の隊士たちの動きのほうに霧散してしまう。 周囲からの視線に影響されてしまう自分に苛立ちが募る。 ふいに後ろから肩を叩かれた。振り返ると三十路手前のほどの体躯(たいく)のいい男が立っている。 確か同時期に入隊した隊士だったと思うが、接する機会がなかったので名前が思い出せない。 思い出そうと内心首をひねっていると、男が口の端に笑みを浮かべた。 「よう、精が出るねぇ。でも勘定方のお手伝いが仕事のあんたが、こんなところで遊んでていいのかい?」 ――遊んでる、ですって……!? 声音は友好的なものだが、言葉の端々には嫌味とからかいの棘(とげ)が見え隠れしている。 何のつもりで話しかけてきたのかは知らないが、正直稽古の邪魔で関わりたくない。 「河合さんが山南さんとお話し中なので、自主稽古に来たんです。」 同じく笑みを浮かべ、抑揚を抑えた声音で当たり障りのない答えを返すと同時に、男に背中を向ける。 愛想のない態度をとれば、これ以上関わってこないだろう。 気を取り直して素振りを再開しようと、柚音は竹刀を振り上げた。 しかしそれを振り下ろすことができなかった。 何かに押さえつけられているようで、両腕に力を込めてもびくともしない。 ふいに竹刀を引っ張られ、構えていなかった足が簡単によろめいて、ふらふらと後ろへ下がってしまう。 何かに背中が当たったかと思うと、いつの間にか頬同士が触れそうなほどの距離にさっきの男の顔があった。 男は馴れ馴れしく柚音の肩を抱くと、顔を覗き込んできた。 「おいおい、ちょっと俺に引っ張られたくらいでよろめいてどうするんだよ。そんなんで竹刀なんか振り回しちゃ、お嬢ちゃんの可愛い顔に傷がついちまうぜ。」
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